カテゴリー : 手稲区

星置旧川道を歩く 星観緑地から星置南4丁目

星置川旧川道を歩く

ここ最近4エントリーは星観緑地近辺の川の合流点を掲載してきましたが、今回のエントリーはその締めくくりです。この星観緑地の西縁は札幌市と小樽市の境界となっています。市区町村の境界ってのは概して川の跡であることが多く、この小樽・札幌間の境界も間違いなくの旧流路であることが、今昔MAPの1916年の地図を見ても確認とれました。


そこで、折角なので、歩いてみようとバウと一緒にでかけていたのでした。

そのGPSの記録を下記にしるします。

では、歩行記をスタートします。

スタート

スタート

スタートは、起点の対岸からです。境界なので、写真にも少しうつっていますが、境界を示す紅白のポールがたっていましたので、そこを目印に歩いていきます。小樽側は行き捨て場になっていて、うずたかく雪がつまれていましたが、札幌側はすっかり雪が消えて畑の準備が始まりそうな感じでした。

星観緑地入り口

星観緑地入り口

そこから畑の縁沿いに歩くと、下手稲通りにぶつかり、星観緑地へと入っていきます。小樽側に目を向けると、であろうくぼ地も目にはいります。

ポンナイ川との境

ポンナイ川との境

この写真でみると左側に伸びるくぼ地が星置川の旧流路で右側のコンクリの構造物の先がポンナイ川の流路になります。

進行方向はもちろん、星観緑地の中へなのですが、この緑地の縁はちょっとした林になっており、融雪直後のため緑地の境界をしめる木の塀は所々倒れています。きっとこれから公園管理の人たちがいろいろと整備をしていくのでしょうね。景観的には殺伐とした景観がつづきます。ただ、この時期は藪はそだっていないので、苦労せず歩みを進めることができます。所々にイタドリが倒木のように地面に覆いかぶさっている場所もありましたので、そのあたりは少しだけ歩くのは難儀でした。

 

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この星観緑地の縁にはご覧のように塀と排水溝が終始ガイドのように存在しているので、これにそうように緑地内を散歩していきます。この散歩の間早めの時間でもあったので、緑地内では人に合うことはありませんでしたが、もし他の人が私たちの歩いている姿をみたら、なんて物好きなやつが歩いているんだと、おもったことでしょう。林の中に春をすこしずつ感じながら緑地内を縦断すると、今度は、ほしみ駅前通りにつきあたります。そこで撮ったのがTOPの写真になります。写真に写っている川はです。キライチ川はここからJRの線路を越えるまでは、星置川の旧流路をたどっています。境界線は鉄橋を渡ったあたりで、東南の方向に進んでいます。と、言うことは星置川とキライチ川の旧合流点は丁度鉄橋の下辺りだったのではという想像がつきます。

このキライチ側の堤防をたどって線路の向こう側にでようと、当初は計画していたのですが、どうやら堤防は線路下をくぐっていません。これはしょうがないと一旦GPSのトラックを止め、迂回をしていきます。線路の反対側には星観緑地はないので、あとは地図を見ながら境界線をたどることとなります。

線路の反対側にでたあたりで地図をたよりにをみまわしてみると、

良い感じの土管

良い感じの土管

排水溝が良い感じの土管を通ってキライチ川に流れ込むポイントを発見しました。川の跡って言うのはなにやら法律で構造物の建造が規制されていると読んだ覚えがあります。きっとこの排水溝にそって歩けばとしっかりとしたログがとれるのではと、トラックログを再開いたしました。

ちょうどほしみ駅を見渡せるポイントまででたので、撮り鉄をしながら、

ほしみ駅

ほしみ駅

東側をみてみると、良い感じに屈曲した道を見つけることができました。

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しっかりと排水溝もあり、これはあきらかに境界線であり星置川の旧流路であることがわかります。

写真にもうつっていますが、どうやら私有地を示すロープが木にそってはっていました。その左の小さな土手の上にはアルミの柵もみることができます。でもその柵とロープの合間は共有地になるのでしょう。ということでこのルートは土手の傾斜を通っていきます。星観緑地内もそうでしたが、今回の星置川の探索ルートはなかなかアドベンチャーなルートだなと思いながらこの土手を通りすぎると。

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ほしみ駅への道路にでてきます。この道路の反対側をみてみるとまた良い感じでどうろが湾曲しています。これはあきらかに川の跡の道ではないでしょうか。うきうきしちゃいますね。

道の両側は民地なのでしょうから不法侵入にならないように道路の真ん中をしっかりと歩いてゆくと、星置川の堤防がみえてきます。

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川跡らしき平地を探しGPSトラックを作っていこうと歩き星置川の堤防に上りゴールとしました。

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堤防に上がってから国道5号線方面に目をむけ星置川の上流をみてみると、星置川が谷間を作ってながれてくるのが見る事ができます。

あの谷間あたりが星置扇状地の始まりになるのでしょう。きっと昔のアイヌはこの先を川に沿いながら手稲山へのぼっていったのかなと、おもいつつ帰路についたのでした。

撮影場所 北海道札幌市手稲区星置 星観緑地~星置南4丁目
アプローチ難度 ★★☆☆☆
景観 ★☆☆☆☆
撮影機材 NIKON D3000 / CANON EOS X2

星置川とキライチ川の合流点

星置川とキライチ川の合流点

手稲区の西端(札幌市の西端)の星観緑地名物の星流橋の下で合流するのは、です。

この両河川、奥に写っているキライチ川は一部星置川の旧流路をつかっているのです。それ以前はもう少し南下した、現在のの起点あたりで星置川と合流をしていたのことが1916年の地図に記載がされていました。

札幌市最西端の星観緑地周辺一帯は明治後期から大正、昭和初期までは一帯が稲作地だったようで、星置川の排水・治水効果もあり、かなり盛んだったようですが、元々が砂丘の上にあったこの土地を農地化してくのは並大抵の苦労ではなかったとの記録も残っています。そこまで苦労した星置の農耕なのですが、減反などの生産調整のあおりを受けて現在農耕地はそれほどのこっておらず、工場や倉庫郡にその土地の利用方法をかえており、そんな工場・倉庫郡の中にこの星観緑地が緑のオアシスのように、かまえているのです。

地図をみていただけるとわかるようにこの星観緑地、結構な面積を誇っています。札幌市の広めの緑地や公園は雪が積もっている冬季でも割としっかりと整備されているようで、冬の間でも散歩などで利用する人たちが多いようです。この写真を撮影した日もかなりな数の人たちが散歩をたのしんでいました。

そんな中で、カメラを構えて写真をとっていた私は一帯どのようにうつっていたのでしょうか、、、。まぁバウもつれていたので、犬バカが写真を撮っているのだろうってな感じで見られていたぐらいでしょうか。

撮影場所 北海道札幌市手稲区星置 星流橋
アプローチ難度 ★☆☆☆☆
景観 ★☆☆☆☆
撮影機材 NIKON D3000

谷地川起点

谷地川起点

写真にはの標識がありますが、今回のエントリーはその土手の向こう、林の中にあるの起点ということで、星連橋橋におとずれました。

記載されている資料もなく、OPENSTREETMAPでの表記しかこの名前をみることができませんでした。

大きな地図を表示

そして、この谷地川、1916年の今昔MAPをみてみると

開拓期に整備された、新川と呼ばれた人口河川の名残であることがわかります。

下流にすこしだけ進むと、現在はとしてその形をとどめている銭函・花畔間運河があります。

この狭い範囲にの流れを銭函方面に流す二つの人口河川、なかなか興味深いです。

推察をしてみることにしましょう。

星置川は、手稲山あたりに流れを発し、付近の沢を集め扇状地を形作る中規模な河川です。その流量は雨量などにも関係してくるでしょうが、豊富な流れをもっていたと考えられます。そんな星置川の水を利用し、計画だてられた銭函・花畔運河、特に新川から手稲よりは、とよばれており石狩方面のよりも水量が豊富であり舟運の要を充分にになっていたとの記述もありました。これは、逆をかえしてみると、大雨や、融雪期には必要以上の水が運河に流れ込んでくるリスクもあったということではないでしょうか。運河というからには常に一定量の水かさであることがのぞまれるはずです。そんな宿命を持つ運河の水量を調整するために、この新川(現谷地川)は同時に開削されていったのではないでしょうか。当時の地図をみてみると、山口運河と、谷地川は銭函市街の東端で合流をし日本海にながれこんでいます。さらにこの星置新川の開削によって、付近の排水・利水への貢献が非常に高く、河畔一体は稲作地として農地利用が進んでいったとの記述をどこかでみたこともありますし、実際今昔MAPをみるとこのあたり一帯が稲作地記号で占められていることも見て取れます。

インターネットで星置川の変遷を調べてみると、ポンナイ川を先代の星置川の流路であるとの記述が大勢をしめていますが、私としては、ポンナイ川は銭函・花畔運河の名残であり、こちらの谷地川こそが星置川の先代の流路であるという説を推したいとおもいます。

撮影場所 北海道札幌市手稲区星置 星連橋
アプローチ難度 ★☆☆☆☆
景観 ★☆☆☆☆
撮影機材 NIKON D3000

清川起点

清川起点

まったく水もなければ、川らしい筋もなにもない空き地のようにみえますが、こここそがその昔が右に湾曲して現在の河口あたりまでながれていった、の起点となる場所なのです。グーグルマップでは川筋も描画されていますが、実際の現地はこんなものです。

清川は、その昔オタナイ川(小樽内川)アイヌ語で砂浜を流れる川ともよばれていて、その通り砂浜を東進していったのでしょう。そのころの絵図が、こちらのページに掲載されていましたので、ご覧になってみてください。

ところで、河口に砂浜を持つ河川は規模の大小を問わずかなり高い割合でそれまでの流れからは考えられないような湾曲をし蛇のように砂浜をよこぎり海に流れ込みます。私がいった中でも、がそれにあたります。今回の星置川や、前述の新川のように砂浜を持つけども汽水域から河口までも人の手によって流路を決定されている河川は直線的に海に入り込みますが、そうでない場合は前述のような形で海に流れ込みます。川によって運ばれてきた土砂が堆積をし、海の波によって削られ、それでも河川の水は流れてくる。その三者のせめぎあいの結果がこのような流路になっていったのでしょう。実際この星置のここらへんの地域の土壌は昔は石狩砂丘の一部であったようで、現在もここの土を踏んで歩いてみると、白石・厚別の泥炭の重い反発が返ってくるような土とも、南区の硬い反発が返ってくる岩盤の上や、そこに覆いかぶさる腐葉土のクッションのような反発とも違う歩き心地がしました。

この浜で漁をし、星置の扇状地で狩りを営み、手稲山に登り神に供物をささげていたこの地のアイヌは、手稲山から流れ落ちる星置川を滝のある上流部をソウシオキ、砂浜を流れるこのあたりからをオタナイとよんでおりそれぞれに別の物としてとらえていたのも、この地を歩き大地から足へと返ってくる心地を感じてみるとうなずける命名の仕方です。

そんなことを思いながら次の場所へと歩みをすすめたのでした。

 

 

 

撮影場所 北海道札幌市手稲区星置 星函橋そば
アプローチ難度 ★☆☆☆☆
景観 ★☆☆☆☆
撮影機材 NIKON D3000

星置川と山口運河・ポンナイ川の分流点

星置川と山口運河・ポンナイ川の分流点

今回訪れたこの場所、札幌・小樽・石狩の地史上かなり重要なポイントの地点なのですが、それなのに、この閑散っぷりと景観の残念っぷり、、、、1周まわらないとその深みがわからないマニアックな秘境感たっぷりの場所なのです。

ここはどこかというと、札幌の西端手稲区星置と、小樽の東端銭函の境を流れるにかかる星函橋付近の、
へとその水をわける地点なのです。

まずは、いつもの通り今昔MAPさんで1916年の地図を、、

まずは、中央を流れる星置川。

現在はこのまま直線的に北上し、ドリームビーチと銭函サンセットビーチを分かちつつ河口を形成しているのですが、以前は、この地点でポンナイ川の川道ともう少しだけ上流の現在の谷地川の流路をたどって銭函の市街地で河口をつくっていました。それは、1916年の地図の「新川」と「運河」の表記をたどっていただければみることができるでしょう。新川・運河とくればさらにその直線的な流路をみれば、人工的に開削されたものとすぐに判断がつきます。では、それ以前はというと、1916年の地図では運河の先は点線になっており、小樽との境界線をつくりつつその点線をたどると50Mほどでというように表記され、現在の河口付近まで流れています。実はこれが開拓初期の星置川の流路なのです。このころの清川の河口付近の浜をオタネ浜といい小樽内とよばれた集落もあったのこと。それ以前は江戸期の松前藩によってここに小樽内場所を設け道央圏の拠点として存在していたとのこと。

次に、対岸に見える樋門から流れ出すと手前の樋門から流れ出す

この両河川とも、1916年の地図でもわかるとおり、銭函市街地から手稲を経由し前田を経由し石狩の花畔の(現・)まで貫通する一大運河の銭函・花畔間運河だったのです。この運河は鉄道が敷設された1916年の地図でもしっかりとそのしるしをつけています。1936年ころにはこの銭函・花畔間運河と新川を中心に、銭函に港を、現在の札幌新道と新川が交わる地点に札幌市街地への物資拠点を、花畔地区に石狩川の舟運を利用した拠点をといった、小樽・札幌・石狩を結ぶ一大運河計画もあったそうです、その後第2次世界大戦後しばらくしてもその舟運の要として重要性を保持していており、この銭函・花畔間運河を改造した運河計画ももちあがったほどです。その後陸運の発展とともにその計画はついえたようですが、現在のこの銭函・花畔運河の北部岸以降をみてみると、都市化にはいたらず様々な物流の拠点が点在しているのはそのころの計画の名残なのでしょうか。まぁ、砂丘地帯なので農作にあまり向かない地域であったのものその理由かもしれまんが、、、。ただこの一大運河計画、現在の国道337号線がその任を受け継いでしかも空路の千歳までその脈路をもって陸運の要となっていることを考えると、この一大運河計画まったく絵に描いたもちで終っているわけではなさそうですね。

ちなみ今昔MAPで確認をすると昭和51年の地図まではポンナイ川の表記はなく、平成9年の地図でやっとポンナイ川の表記となっていました。このポンナイという語感あきらかにアイヌ語由来なのですが、このような経緯からどうもこの川を地元のアイヌがポンナイとよんでいたようにはおもえません。第一に平成にはいってから星置地区にアイヌの集落があったとはおもえませんし、それにポン・ナイ(小さい・川/小さな沢)という言葉、アイヌと倭人が協業していたとしても明治30年には銭函・花畔運河が開通しており、多分それ以前から開削工事はおこなれていたので、それをポンナイと呼ぶにはいささか疑問が残る。唯一の可能性としては、ここに星置川が作った扇状地に湧く湧水がありそこからながれでる沢があり、それがポンナイとよばれており、その流れを利用したのが銭函からの運河であった。という推論なのだが、どうだろう。

いずれにせよ、このなにやらわびしいたたずまいのこの両河川に、こんな壮大な歴史妄想を語れるパワーが実はあったのでした。

撮影場所 北海道札幌市手稲区星置 星函橋
アプローチ難度 ★☆☆☆☆
景観 ★☆☆☆☆
撮影機材 Canon EOS KISS X2

新川とアカシア川の合流点

新川とアカシア川の合流点

今回から2エントリーは昨年2014年2月2日手稲の前田森林公園散策で撮影した合流点の紹介となります。

まずは、と前田森林公園内を流れるの合流点です。

アカシア川は、アカシア排水とも呼ばれており人口的に開削された排水路になります。

この写真でもわかるように、石狩湾からほどちかいこの地域、水はけの悪い湿地帯だったのでしょう。そこに畑作などの農業を営むためにはしっかりと排水のできる用水路は必然でしょう。

この日は前田森林公園から手稲山をとりたかったために、この場所まで足をのばしていました。前田森林公園内では歩くスキーで散歩をしているかたがたやクロカンの練習をしているクロカンスキーヤーの方々でにぎわっていました。そんな公園内をまたもや長靴つぼ足で、、、散策路は普通にあるけたのですが、展望の利く森林公園内の施設にいたるまでは膝下が埋まるような新雪帯となっていました。

そんな思いをしながらとったのが、

重い空

この写真です。
今回も前回のモエレ沼の写真同様HDR処理をしています。

撮影場所 北海道札幌市手稲区前田10-5
アプローチ難度 ★☆☆☆☆
景観 ★☆☆☆☆
撮影機材 SIGMA DP2

中の川と上富丘川の合流点

中の川と上富丘川の合流点

この場所は手稲区西宮の沢のの合流点です。

丁度西区手稲区の境となる上富丘川を手前に、西区西部、手稲区の東部の基幹河川ともいえる中の川を奥の構図で写真を撮っています。

この上富丘川を挟んで、西区側の丘を宮が丘、手稲区側の丘を富丘という地域になっていて、それぞれそのあたりを両河川とも源流としています。もう少し、西進すると手稲の山々へと連なる山地となります。

で、先ほど、富丘との地名がでましたが、このそばにに数えられる、手稲丸山(富丘丸山)という低山があるので、のぼってきました。夏場は単なる藪山となるようで、登っても眺望も望めず、藪漕ぎのため森林浴にならないとのことなので、この時期に登ってみることにしました。多分、今年ののぼり納めでしょう。かつ初の雪山です、、、。

手稲丸山とりつき地点

手稲丸山とりつき地点

標高は141Mの低山です。様相はただの裏山?丘? な感じなので、明確な登山口はないようです。取り付けそうな場所をうろうろと探し、一番入山しやすそうな富丘6条あたりからアプローチすることとしました。 装備は長靴とトレッキングポール。冬もはじまったばかりなので、と緩くかんがえていましたが、いきなりの膝上まで埋まる苦行となりました。斜度は全然緩いのですが、いきなりいきがあがります。もう、この時点でスノーシューを買いに行こうか、いやいやあきらめて帰ろうかとおもいだしていました。

振り向けば、

手稲丸山入山地点から市街地を臨む

手稲丸山入山地点から市街地をのぞむ

木の葉がおちているので、想像よりは、良い景色がみえていました。きっと目の前の稜線の突端まで登ればもう少し良い景色が望めるかと気持ちをふり絞り、雪に足をとられつつのぼっていきました。写真では、わかりづらいですが、斜面が始まるあたりに、なにやら足跡らしきものがあったので、まずはそこまで、、、と登ってみると、どうやら、狐か狸の足跡のようでした。その足跡は山の稜線へと続いています。一人山歩きなのですが、なぜか心強い味方を伴にしたような気分になりその足跡をたどって歩みを進め、なんとか二本ある稜線の低いほうまで10分ほどかけて登りました。

手稲丸山稜線南端

手稲丸山稜線南端より手稲新発寒方面

のぼってみるとなかなかの景色。木立が少し邪魔ですが、これも構図の一部として夕日とかの時はもっと良い感じの写真を取れそうなポイントです。

とりあえず第一目標まで到達できたので、かえろうかと算段しましたが、ガイドの足跡をみてみると、それほど埋まっていない様子。まぁ、軽い動物なのだし、そんなに雪に埋まらないよね。と思いつつも恐る恐る足を山頂にむけてみると、、、。

おや?予想より埋まらないぞ、、。

そうとなれば、進んでみよう!ということで、足跡をお伴に稜線を登っていくこととしました。そびえる木立と手持ちのトレッキングポールを頼りに、さらに10分ほど雪山をのぼっていくと、

南側稜線からテーブル上の場所から

南側稜線からテーブル上の場所からのぼってきた場所を望む

木立に遮られてはいますが、札幌の市街地方面をみることができるくらいの眺望をえることができました。

なんか良い感じに気分があがってきました。上をみてみると、木立の影から青空もみえてきたので、ガイドの足跡からはなれ、コル状のところをたどり、山頂方面を目指していきます。平板な場所なので、雪深いかとおもいきや、木立のおかげかそれほど足を取られず歩みを進めることができました。

そして、さらに10分ほど登っていくと、

手稲丸山山頂

手稲丸山山頂

たどりつきました。山頂へ!ヤッホー!と叫びたくなりましたよ。

山頂から手稲のスキー場を

山頂から手稲のスキーコースを

山頂からは手稲のスキーコースが見えたり、

山頂から小樽方面

山頂から小樽方面

小樽銭函方面を木立の中から望むことができました。

写真をパシャパシャとっていると、風も吹いてきて、体感温度がさがってきたので、今度は自分の登った足跡をガイドに下山していきます。

15分くらいで、

手稲丸山下山

手稲丸山下山

登った場所へともどってきました。

なかなか楽しいアドベンチャーでした。

今度、スノーシュー買おうかな。

札幌50峰8座目 (手稲丸山141m)

撮影場所 札幌市手稲区西宮の沢5条1丁目2−17
アプローチ難度 ★☆☆☆☆
景観 ★☆☆☆☆
撮影機材 SIGMA DP2

濁川と金山川の合流点

濁り川と金山川の合流点

今回のエントリーはの合流点です。この写真だと二河川の合流点がよくみえませんね。

と、いうわけで、

濁川と金山川の合流点

左から金山川・手前から濁川

こんな感じです。

前回、濁川と稲穂川の合流点の合流点のエントリーで濁川は汚い川との記述をしましたが、ご覧なっていただけるように、その名前からとは正反対の清い流れとなっています。きっと線路沿いの濁川の流れも草におおわれてはいますが、きっとこのように綺麗なながれなのでしょうか。ただ線路沿いの河原には不法投棄らしいゴミがおかれていて美観をそこねていたのも事実です。そういえば川べりってゴミの不法投棄されているような場面をよくみかけます。なんとか綺麗に保ってもらいたいものです。

で、前回はSLを撮りにここまでいっていたのですが、今回も鉄撮りです。

臨時団体711系電車ありがとう711系

臨時団体711系電車ありがとう711系

来年の3月で引退となることがきまった赤電車こと711系の臨時団体列車が走るからなのでした。しかも国鉄カラーです。711系電車自体はとりあえず今も運用はされているのですが、その数を徐々にへらしてきていて、さらに国鉄色の711系となると、時刻表からはよみとれないのです。今回のように711系をつかった臨時団体列車だと確実に711系が走るのがわかるので狙いやすいのです。ただ、もしかしたらJRカラーの711系になるかもしれないとの情報もあり、国鉄色がはしってくるまでは少しどきどきしていました。

写真をみるとわかるように、現役の車両としては窓が開く唯一の電車です。これだけでも旅情感をかんじられますね。この電車通勤時にも乗ることがあり、その中はというと4座ボックスの昔ながらのレイアウトなので、通勤時のラッシュ以外にのれるとしたら凄くいい気分になれるかもしれませんね。

子供のころの特急以外の電車といえば711系でしたので、いままで現役でいてくれたことがうれしくなりますし、それがとうとう引退するっていうとさびしくなります。

そんな気分をいだきながらの川撮り紀行でした。

撮影場所 札幌市手稲区稲穂2条5丁目1−15
アプローチ難度 ★☆☆☆☆
景観 ★☆☆☆☆
撮影機材 SIGMA DP2

濁川と稲穂川の合流点

濁川と稲穂川の合流点
いきなり鉄道写真からはじまりましたが、この手前にが合流しています。

なぜこの写真ではじまったかというと、秋の濁川は

濁川と稲穂川

秋の濁川と稲穂川の合流点

このように、水量もすくなくなり、夏から伸びてきた雑草で川面をおおわれていきまして、なかなか写欲のわかない川になってしまいます。

そこで、季節を変えて草枯れの初冬か、春先での撮影もかんがえたのですが、ちょうど今週からJR北海道の秋の風物詩「SLニセコ号」が走るタイミングなので、ここまで写真をとりにいきました。

SLニセコ号は札幌~小樽間はご覧の通りディーゼル機関車DE15によって牽引されていき黒煙を吐くシーンは、この区間では拝めないのですが、今回のメインは補機のディーゼル機関車DE15なのです(笑)。貨物列車の牽引機関車として活躍することがおおかったDE15なのですが。最近はレッドベアにその座を明け渡した感がありなかなかお目にかかれなくなってきてまして、蒸気機関車C11とディーゼル機関車DE15の重連も結構レアなシーンではないかとおもいまして、、、。 さらに、SLニセコ号来年以降の運用は休止だそうで、、、。 多分、このブログでも、トワイライトエクスプレスとともにSLニセコ号の登場が今年は多くなるのかと思います。

ちなみに、稲穂川側から合流点を眺めてみると、

稲穂川側から合流点を望む

稲穂川側から合流点を望む

このような眺めになります。3面護岸で川底も整備されてて水の流れが見やすいですね。

濁川も稲穂川も手稲金山地区の鉱山周辺を源流としています。濁川の名前自体も、鉱山の排水で水がにごっていたから。というのが由来だそうです。現在は水質改善もすすみ、稲穂地区では濁川を天の川に名称変更しようという動きもあるとの話もあったりしています。ただ、この鉄路脇の濁川の流れをみると、水質に関しては問題ないとしても、これを天の川とは呼べないよなという気分になりますね。

川はどんなに小さい流れでも上流からどんどん土砂を運んできます。年月がたつと流れが緩慢な流域の川床にその土砂が堆積していき、そこに草が生えちょっとした湿地の様相を示してきます。特に2面護岸を施されている川はそれが顕著に現れるようです。なんかは数年に一度川床の地ならしを水をせき止めておこなっていますが、元が自然河川の濁川で連絡水路も持たないとなるとなかなか難しいでしょうね。

親水・景観目的での川の利用はごく一部に限られていることを今回の川撮りでひしひしと感じてきました。

撮影場所 札幌市手稲区稲穂1条6丁目
アプローチ難度 ★☆☆☆☆
景観 ★☆☆☆☆
撮影機材 CANON EOS KISS X2

星置川と滝の沢川(星置川支流)の合流点

星置川と滝の沢川(星置川支流)の合流点
札幌市には3つの水系があります。石狩川水系新川水系、そして小樽市との境界を流れるこの星置川水系です。写真右から流れるのが星置川、左から流れ込んでいるのがです。滝の沢って名前の川は札幌市だけで複数あります。 たぶん、この滝の沢って名前は滝を擁する沢規模の小河川にはだいたいついているのではないでしょうか。

この星置川及び滝の沢川にもご多分にもれずが存在しています。この合流点から下流側金山地区の住宅街の中に

星置の滝

星置の滝

星置の滝。
そして滝の沢川沿いに上流にいく手稲山への登山道の途中に

乙女の滝

乙女の滝

乙女の滝が落ちています。

まだまだ滝は存在しているようですが、登山装備と心得をしていかなければいけなくらいの場所にあるので、今回はパスをしています。

夏の滝巡りは涼しげでいいですよね(^^

 

昨年8月に撮影

昨年8月に撮影

この合流点も昨年8月に訪れていますが、またもや小さい写真しかなかったので、今回撮りなおしをしました。

撮影場所 札幌市手稲区手稲金山134
アプローチ難度 ★☆☆☆☆
景観 ★★☆☆☆
撮影機材 sigma dp2