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早苗別川起点・大沢川と学田川の合流点

早苗別川起点・大沢川と学田川の合流点

、さなえべつ川と読みます。今回はこの早苗別川の起点であり、野幌原始林の大沢池から流れ出る(写真奥から流れてい川)と同じく野幌原始林から流れる(写真左の突堤にかこまれている川)との合流点の写真を撮りにいきました。

早苗別川はここを起点として一旦南東へ流路をとり東野幌の耕作地帯で90度北進し千歳川へと合流します。このポイントへたどり着く道の途中には、野幌神社が鎮座しています。江別の開拓は屯田兵と北越殖民社の2大勢力によって進められていきました。現在の野幌原生林の丘陵のふもとに広がる耕作地域は北越植民社の手によるもので、野幌神社も北越植民社の手によるものだそうです。

以前のエントリー千歳川と早苗別川放水路の合流点にて江別の舟運のことを記述しましたが、その舟運と北越植民社にかかわるこんなエピソードがあります。
明治19年7月25日、北越殖民社の大河原文蔵らは野幌原始林を踏査を行おうとした際

「原野歩行スベカラザルト聞キ、幸ヒ漁翁扁船ヲ行カントスルニ会フ。乃チ之ヲ傭テ斗萬別(とまんべつ)ニ遡ル」(『草叢日記』)

と江別川(千歳川)を舟で遡り原始林の踏査へと踏み出したとのこと。いかに当時の原野が深くそして千歳川の航路が近隣の住民の足となっていたかを伝えるようなエピソードではないでしょうか。斗萬別(とまんべつ)<現在の登満別口あたり==野幌原始林を指すのでしょう>に源を持つ川は当時は小さい沢も合わせればたくさんあったでしょうが、比較的川幅があったのは、この早苗別川とトマンベツ川なのではないでしょうか。そして、先述のエピソードとこの地域に建立されている野幌神社を考えると、この早苗別川にも舟が浮かんでいたのではないでしょうか。

今では舟を浮かべるにはかなり無理のある水量ですが、この川に舟が浮かんでいたことを考えるとなにかわくわくする気持ちになりますね。

撮影場所 江別市西野幌515
アプローチ難度 ★☆☆☆☆
景観 ★☆☆☆☆
撮影機材 sigma dp2