カテゴリー : 篠路

伏籠川と赤坊川の合流点

伏籠川と赤坊川の合流点

 

3月に入り、時々雪がふるものの、三寒四温のことわざどおりすこしづづ春の息吹を感じられるようになってきました。

川のそばもすこしづつ雪が溶けだし土色を見せ始めています。

今回の写真の、の合流点でも春の息吹をかんじられるような光景でした。

ところで、赤坊川。なかなかに面白い名前です。

調べてみると、

明治二十一(1888)年ころ、苗穂刑務所の囚人たちが掘ったかんがい溝である。当時の囚人は赤い獄衣を着ていたので、人々に赤ん坊と呼ばれていた。このことから、「篠路赤坊川」の名が付いた。

札幌市北区ホームページより

とのこと。

開拓期の労働区分のうち、社会インフラ整備はこのように囚人たちの手によるものがおおかったのでしょうか。

開拓民にしてみれば、自分たちの開拓地の開墾で治水や運輸の要となるような社会インフラに手を貸す暇がなかったのかもしれませんよね。

このあたりは現在は立派な農地となっており、その利水・排水にこの赤坊川が果たした役割はとても高いと思います。

ところで、このポイントまでたどるまでの道筋。幹線道路から入り込み、舗装はされているものの細いクネクネした道が途切れ途切れ、しかもその状態で縦横にはしっているのです。

そこで、いつものように今昔くMAPで1916年のこのあたりの地図をみてみると、

どうやら、伏籠川の旧流路にそっていたのがうかがえました。

幹線の道道273号線から一度おくに入ると、このグネグネした道に翻弄され、なかなかここまでたどりつくことができませんでした。

広大な畑地や、荒地なんかで、昔の人たちが狐にだまされた。なんて昔話をよくみますが、このようなグネグネした道をたどってみるとさもありなんです。

そんな想いをいだきながらの、赤坊川探訪となったのでした。

 

 

撮影場所 北海道札幌市北区篠路町上篠路281
アプローチ難度 ★★★☆☆
景観 ★☆☆☆☆
撮影機材 NIKON D3000

旧伏籠川と学田川(旧伏籠川支流)の合流点

旧伏籠川と学田川(旧伏籠川支流)の合流点

 

SF映画にでてきそうな沈砂施設をもったの最下流。

この先の鉄格子の向こうには、暗渠に流れる、がこの川からながれてくる水をまちうけています。

旧伏籠川は札幌と石狩を結ぶ大幹線道路、石狩街道の下を流れていきます。

またこの石狩街道沿いの反対側には札幌の礎ともなったもながれています。

そんな大きな幹線道路脇でひっそりと人知れず旧伏籠川はながれていき、茨戸福移通りのあたりで、伏籠川と合流を果たします。

旧とついているのだから、きっと現伏籠川の旧流路かというと、1916年の地図ではどうやらそうではないようです。

ただ、伏籠川はいろいろな変遷をたどっている河川なので、もしかしたらどこかの時点で、この流路を通っていないとはいえないのも現実です。


本日写真を撮った場所は、篠路と太平の境目、学田通りと名づけられた道路と前述の石狩街道が合流する付近なのですが、この学田通りにそうようにながれているのが、学田川です。

学田川、見た目も排水を主な機能とした河川にみえます。

上に載せている今昔MAP上でも、用水路のしるしと里道のしるしが並行してしるされています。

その用水路のしるしはその先、琴似川にはあわせていなく、途中で止まっています。

また、現在の札幌市の河川区分でも、丁度そのあたりで学田川の流路は終っています。

と、いうことはこの学田川、琴似川(現在の旧琴似川)から水を引いた用水路としてはなく、付近の湿地の排水を目的とした排水路だったのではないかと推測がたちます。

そして当然のようにその排水路の維持管理のために里道がつけられていて、それが現在の学田通りになっているのではないでしょうか。

学田通り

この学田川の起点とされている地点まで今度あるいてみて、また旧琴似川にぶつかりそうな場所も視察をして、今回の持論の検証をおこなってみようと思います。

撮影場所 札幌市北区篠路1条1丁目1−1
アプローチ難度 ★☆☆☆☆
景観 ★☆☆☆☆
撮影機材 CANON EOS KISS X2

伏籠川と篠路拓北川の合流点

伏籠川と篠路拓北川の合流点

の写真をとっていると、踏み切りの警告音が聞え初めてきました。 そこで第二伏籠橋の上にのぼってみてみると、ご覧のように、道道273号花畔札幌線の踏み切りと札沼線(学園都市線)の伏籠橋梁を通過する、735形電車を見る事ができました。

そしてここは丁度、の合流点なのでした。

篠路拓北川は写真の右下辺りの丁度伏籠川が少しくぼんでいる場所に流れ込んできます。源頭は札沼線沿線の南あいの里地区の耕作地で、その流路はほぼ直線と直角で構成されていて、下流部で伏籠川と併走をはじめる拓北1条2丁目あたりから蛇行をして自然河川風になっていきます。

果たして昔はどうったんだんだろうと、今昔MAPをみてみます。

1916年の地図をみてみると、現在篠路拓北川が蛇行している部分は伏籠川の流路であり、源流部の直線的な部分はどうやら耕作地の用水路のようです。

伏籠川の改修にともない、のこされた流路を用水路と連結をさせて現在の形となったと推測されます。

この川も、伏籠川の名残。

今回の散策は河川の昔の姿を訪ねる散歩となったようでした。

 

撮影場所 札幌市北区篠路5条10丁目 第二伏籠橋
アプローチ難度 ★☆☆☆☆
景観 ★★☆☆☆
撮影機材 nikon D3000

 

伏籠川と旧琴似川の合流点

伏籠川と旧琴似川の合流点

 

を離れ、今日の散策をおえようかと思っていた所、堤防沿いに綺麗に整備されている遊歩道がありました。最近はいつも山歩きをしているので、このままだと少し歩き足りない気分だったので、そのまま伏籠川下流にむかって歩くこととしました。

アオサギ飛翔

アオサギ飛翔

それと、堤防の遊歩道にたっていると、アオサギが何度も飛んだり降りたりしているので、それにつられて追いかけてなんてことを繰り返していたのも歩をすすめた一因でした。

そんなきままな散歩をしている最中突然あらわれたのが、この第二伏籠橋とその下で伏籠川と合流する、でした。

旧琴似川はその名の通り、札幌の中心部をながれているの、開削以前のその姿。現在の琴似川もお世辞にも水量豊富な河川とはいい難いですが、この旧琴似川の流量の寂しさは写真に写っているとおり、そこに川があるのかといえるようなものです。

しかし、この旧琴似川には、なんてのもあって増水時の対策がとられています。水はけの悪い平地である程度の規模の河川はやはり水があふれる脅威が存在しているのでしょう。

今、見ている川の姿が永劫続いていた・続くものではないことを実感できる場所かと私は思うのでした。

撮影場所 札幌市北区篠路5条10丁目10−22
アプローチ難度 ★☆☆☆☆
景観 ★☆☆☆☆
撮影機材 nikon D3000

 

伏籠川と篠路新川の合流点

伏籠川と篠路新川の合流点

 

と篠路五ノ戸の森緑地を写真に収めようと北区の篠路まで足をのばしていったわけなのですが、思いもよらず自分好みの写真がとれました。

以前もおとずれたことのあるの合流点です。

篠路新川は、モエレ沼を起点とし東区の用排水などを一手に引き受け、方や伏籠川は、伏古水再生プラザに集められた排水の高度処理水が流れる流路として、両方とも現代の平野部の中規模河川としては王道の河川のありかたとして存在しています。

とはいえ人の手垢にまみれようとも、自然はそんなことおかいまなく、この写真のように、鴨が群れておよぎ

あおさぎ

あおさぎ

あおさぎが餌をねらいながら首を伸ばす風景も随所に見受けられます。

こんな風景をみると、人もその営みもただただ自然の一部であるという理なんだと思わずにはいられません。

撮影場所 札幌市北区篠路4条10丁目11−14
アプローチ難度 ★☆☆☆☆
景観 ★★★☆☆
撮影機材 nikon D3000

 

伏籠川と伏籠古川の合流点

伏籠川と伏籠古川の合流点

 

篠路五ノ戸の森緑地に端を発したは、

DSC_0549

篠路の街をのぞむことのできる、篠路ハルニレ公園の脇を通り、

DSC_0552

いきとどいた庭を持つ家々が立ち並ぶ住宅街をぬけ、TOPの写真の右にうつっている、オレンジの小規模な樋門をくぐりへと合流します。

この流路を今回たどったのですが、その形状といい、流れの淀み具合といい、その昔もこのようなながれだったのであるならば、伏籠川が残していった三日月湖説をとりたくなります。そうすると、伏籠川の旧流路であるから伏籠「古」川であるという論もなりたつようなきがしてきます。

はてさて実際の所はどうなのでしょうかね。

撮影場所 札幌市北区篠路4条10丁目9−12
アプローチ難度 ★☆☆☆☆
景観 ★☆☆☆☆
撮影機材 nikon D3000

 

伏籠古川起点

伏籠古川起点

 

フシコ・サッポロ・ペッ(古いサッポロ川) 伏籠川の名称由来。

サッポロ・ペッは、サッポロ川の意で現在の豊平川のこと。その川道が江戸後期の洪水によりその流路をかえ、本流から取り残された川道は、札幌扇状地の湧水を源にし、 茨戸川へとその水を預けていくようになった。現在はその湧水も枯れ、東区の伏古水再生プラザをその源とし、流域の中小の河川や用排水の水を集め茨戸川へと注いでいる。

そんな伏籠川に、なる支流が存在している。

元々が「古い」を冠した河川名のさらに古い川、、、、。

名前だけを見ると、数多に変遷のあった伏籠川の旧流路かと思うのだが、どうやらそういう訳ではないらしい。

場所は、北区篠路の篠路五ノ戸の森緑地。開拓期に青森の五戸出身の開拓民によって開墾された地の中の庭園だった場所。そこの湧水を源としてながれていた小川だったとのこと。なぜ、伏籠古川の名が冠されているのかはわからない。もしかしたら、水源の湧水は伏籠川から届けられる染み出した水だったかもしれないし、この川自体が伏籠川が残した三日月湖なのかもしれない。ただ確実なのは、開拓の人々によって認識された時点では、ただの小川であったのだろう。

伏籠古川の起点

伏籠古川の起点

そんな伏籠古川の流路の篠路五ノ戸の森緑地は、

篠路後五ノ戸の森緑地終点

篠路後五ノ戸の森緑地終点

秋の渇水期なのに水が散策路にあふれ出るような有様で、きっと川の底の泥や、いろいろな堆積物によって、水の流れが悪くなっているのでだろう。

緑地内も倒木が随所にあり、あまり管理されていないような印象をうけた。小規模な緑地だといたしかたのないことなのだろうが、きっと夏は蚊の丁度よい繁殖地になってしまうのではないだろうか。でも、それを狙っての小鳥たちも辺りの林の中には沢山いるので、いいバランスなのかもしれないが。

 

撮影場所 札幌市北区 篠路3条10丁目 篠路五ノ戸の森緑地
アプローチ難度 ★☆☆☆☆
景観 ★★☆☆☆
撮影機材 nikon D3000

 

伏籠川と篠路川の分流点(篠路川起点)

伏籠川と篠路川の分流点(篠路川起点)

この写真はの現在の起点です。ここから、より水をわけ茨戸川へと篠路川は注ぎます。

現在は伏籠川の堤防でしっかりとわけられていて、分断されているかのようになっていますが、国土地理院の地理院地図の電子国土WEBの昭和36年の空中写真をみてみると、

昭和36年の篠路あたり

昭和36年の篠路あたり

伏籠川から水をしっかりとわけ太い流れとなっているのが見て取れます。(写真中央下やや右あたりの分流がそれ)

元々が伏籠川はここで二手に分かれて石狩川に合流をしていたようで、その右側の流れを篠路川として呼称していたのです。東茨戸の2~4条は伏籠川の中州地域だったのでしょう。

今回の写真では雪に埋もれた雪景色の写真になっていますが、無雪期にはその流れをしっかりとみせてくれるようです。その流れも人為的な切り替えはおこなわれていないようで、原始河川の様相をみせてくれるようです。散歩道も河畔にあるようなので、雪がとけたら再度訪れてバウと散歩をしてみたいものです。

 

撮影場所 札幌市北区篠路町篠路335−1
アプローチ難度 ★☆☆☆☆
景観 ★☆☆☆☆
撮影機材 SIGMA DP2

伏籠川と篠路新川の合流点

伏籠川と篠路新川の合流点

前二つのエントリーと同じく2013年12月7日に撮影した合流点です。前二つの写真は方角としては南や西方面へ向けてレンズをむけているのですが、このの合流点を撮影したのは北の方面へとレンズをむけました。 同じ日の同じような時刻なのに、空の色がまったく変わります。冬のこの時期はこういった天気が札幌にはよく見られます。もっと極端になると同じ札幌市内でも北区は吹雪、南区は快晴なんてこともよくあります。

今回ご紹介のモエレ沼を起点とする篠路新川は人口河川として開削されていたものです。もう少し下流に行くとという川がありますが、昔伏籠川が二股に分かれていた片方を篠路川と呼んでいていました。今回の篠路新川とは直接のかかわりはないのでしょう。

この両河川とも直線的な流れを地図では見ることができますが、開削された歴史を持つ篠路新川は別として、伏籠川は

川の名の由来は、アイヌ語の「フシコ・サッポロ・ペッ」(古いサッポロ川)から。アイヌ語で「サッ・ポロ・ペッ」(乾いた大きな川)と呼ばれ、札幌の語源ともなった豊平川は、かつてはこの伏籠川の流路をたどって北に流れ、篠路で石狩川(茨戸川)に注いでいた。しかし江戸時代後期・寛政年間の洪水で流路を東に変え、現在の江別市対雁で石狩川に合流するようになった。それ以降、それまでの河道を「古川」の意で「フシコ・サッポロ」と呼び習わすようになったのである。
かつて幕末の札幌に掘られた大友堀は伏籠川に連絡し、琴似川もまた伏籠川に注いでいた。伏籠川は、札幌扇状地から流れ出る川の一つであったが、市街化の進展と地下水位の低下によって上流の長さを縮めた。旧流路の一部は、伏古公園の東から伏古拓北通の緑地帯として現在の起点まで伸びている。流域には、河川改修によって取り残された蛇行部が、ところどころに伏籠川の小さな支流として残っている。
引用元 wikipedia 伏籠川

とのことで、の旧川道としてのなごりでありその流路の歴史も紆余曲折があった川のようです。

何気なくみている大きな川も実はいろんな歴史があるのだと改めて思った伏籠川散策の一日でした。

撮影場所 札幌市北区篠路4条10丁目11−18
アプローチ難度 ★☆☆☆☆
景観 ★☆☆☆☆
撮影機材 SONY CyberShot W-170

 

伏籠川と旧琴似川放水路の合流点

伏籠川と旧琴似川放水路の合流点

前回のエントリーと同じくこの写真も昨年2013年12月7日の撮影となります。写真奥でが左から合流してきます。

琴似発寒川の旧川道として取り残された旧琴似川のさらに分流となる旧琴似川放水路ですが、その水の流れは緩慢且つ流量のすくないものなのですが、このポイントを見るとそこそこの流量にもみえますね。川の合流点付近っていうのは、このように流量のすくない支流と流量の多い本流がであうと、支流のほうにも水がよどみのようにながれこみ川幅も広がっていくものなのです。多分、そんな場所には生き物や植物、堆積物、流入物など川の情報のありとあらゆるものが集積されているのではないでしょうか。その辺の生物学や地質学なんかに対してはまったくの門外漢なのですが、こうして川めぐりをしていくうちにその辺の知識も得られたらいいなと思う今日この頃です。

撮影場所 札幌市北区篠路町上篠路257−26
アプローチ難度 ★☆☆☆☆
景観 ★★☆☆☆
撮影機材 SONY CyberShot W-170